元オリ・中日の駿太「まだ現役続けたかったのに戦力外通告遅すぎて枠が無かった 無責任すぎる」

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元オリ・中日の駿太「まだ現役続けたかったのに戦力外通告遅すぎて枠が無かった 無責任すぎる」
1: それでも動く名無し 2026/04/07(火) 08:41:03.081
戦力外で抱いた葛藤「罰ゲームみたいな感覚」 ドラ1が痛感した現実…諦められなかった野球人生
https://news.yahoo.co.jp/articles/4c46c80d702f4b1a07e1fce107bdcca38cbda489

群馬・前橋商高から2010年ドラフト1位でオリックスに入団。
2013年から5年連続で100試合以上に出場し存在感を示したが、2022年7月に中日へトレード移籍。中日では出番に恵まれず、2025年オフに戦力外通告を受けた。

「戦力外と言われたのが10月28日でした。トライアウトもぎりぎりでしたし、10月、11月はフリーのつもりでいたので……。そこからまた動く気にもなれませんでした」

新天地を模索するには、遅い“非情通告”だった。現役続行を目指すも、「もう枠がない」「少し遅かった」といった“否定的な”言葉を耳にするたびに、悔しさがこみ上げた。

「気を使われているだけかもしれないですけど、そう言われると“遅かったんだな”と思いますよね。なんでこのタイミングなんだろう。もっと早く言ってくれたら。無責任すぎるだろと思ってしまうこともありました」

3: それでも動く名無し 2026/04/07(火) 08:41:41.472
複雑な思いを抱えながらも“厳しい現実”とはしっかりと向き合った。その裏には中日に移籍する直前から胸に秘めていた覚悟がある。
後藤氏は2022年頃から“今年で終わるかもしれない”という思いを抱きながらプレーしてきたという。

「ずっと覚悟はしていましたけど、昨オフは“ないかな”と思っていた。ないかなと思っていても、実際にそうなればそれが現実なんです。これがプロの世界。仕方ないです」

すぐに気持ちを整理できたわけではなかった。現役か引退か、後藤氏の心は揺れていた。
そんな時、オリックス時代のチームメートであり、現在は中信兄弟を率いる平野恵一監督からコーチ就任のオファーが届いた。
引退後に「一度は指導者をやってみたい」と考えていた時期もあり熟考した。

「台湾のことは全く知らなかったので、正直ぎりぎりまで悩みました。ただ今後を考えた時に、すごくいい経験になると思い、受けさせていただきました」

 現役時代から親交の深い平野監督の存在も大きかった。「バッティングの相談にも乗ってもらいましたし、プライベートでもお世話になりました。本当にいいご縁をいただいたと思います」と感謝を口にする。

 引退発表からわずか2日後、コーチ就任が発表された。もちろん葛藤もあった。

「選択肢をいただけるのはありがたいこと。ただ“次を決めなきゃいけない”というプレッシャーがあり、罰ゲームみたいな感覚もありました」

 悩んだ末に決断した指導者の道。今年から後藤氏の第2の野球人生が、台湾で幕を開ける。

6: それでも動く名無し 2026/04/07(火) 08:42:39.497
別に言うほど遅くないやん
他にも日本シリーズの時期にクビ言い渡された選手なんかいくらでもいる

そんな他責思考やから大成せんかったんやろ


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